この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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宇野ゆうかさんの記事に怖さを感じた

前置き1 人に何かを教え、導こうとするのはとても怖いことだという話

以前こんな記事を書きました。

私は基本的に人に何かを教えようとはしません。自分にはその資格がないと思うからです。*1自分の考えは述べますし、いろんな考えや情報を紹介はしますが、「自分が絶対的に正しい」という前提に立ちません。「だれそれのこの部分は間違っている」「私はこれが嫌いだ」ということもよく言いますが、事実として正しいかどうか読んだ人がチェックしてもらえるようにしているつもりです。 ただし、普段そうやって気をつけていても、ちょっと気を抜くとすぐに「こいつは間違ってる」っていい方をするときが結構あると思います。

そのくらい人は、気をつけていても言い過ぎる。他人を「検証可能な事実ではなく自分の考えに基づいて」否定しようとしがちです。そして、それは必ずしも間違いではないけれど、間違った時に歯止めが効かなくなるから結構怖いことなんだと私は思っている。

前置き2 狛江市長のような人はネットには結構いるという話

そういう自覚を持ってる人と持ってない人では全然話の信頼性がぜんぜん違う。

自分が間違ったことを述べてしまうことの怖さ、そして間違いを受け入れて訂正することのしんどさみたいなのをわかってない人はなんでも「言いっぱなし」になります。反論が来ても耳を貸さないし、なんなら批判や反論してきた人に「こいつらはセカンドレイパー」「こいつらは私に嫉妬している」みたいなレッテルを貼って相手の言葉を全部無効化してやり過ごそうとします。

そういう癖が染み付いていると、とっさの時に、先日の狛江市長みたいな対応を取ってしまったりします。

狛江市長の発言は、全然知らない人からしたら「なんでこんなおかしな反応をするんだ」と思ったかもしれませんが、私は「こういう反応をする人よく居るよね」と思ってしまいました。ネットでは批判を受けた時に狛江市長と同じようなことをしてる人は多いからです。
つまり、条件反射で「私を批判するやつは◯◯◯だ」とレッテルを張って切り捨てることを日常茶飯事にやっていて、それがまかり通ってるひとたちですね。彼は、いつもそうやって批判の声を切り捨ててきたから、そしてそれが許されてきたから、いつもと違う状況で、どう考えても申し開きをできない状況でも、とっさに同じような反応をしてしまったのです。あの狛江市長の反応は、長い間、彼が公職にありながらも、あの態度が許されてきたことを示しており、より根深い問題を感じさせます。


かつて、はてなにはこういう自信満々な態度を取りながら、実際にはツッコミどころ満載な記事を書いてる人がいました。

違いますか?僕が言ってることは何か間違ってますか?「嫌儲」であろうがなかろうが、どうでもいいです。間違いがあるならご指摘ください。俺が一番まともなことを言える自信があるからこのブログやってるんですから。

当時は該当の記事には強烈な批判が集まりましたが、全く耳を貸さず、今見たら誰も見てないところでこっそり記事を書き換えて不都合な部分を消しているみたいですね……*2


宇野ゆうかさんの記事は「アライ」という概念を紹介することが目的の文章です

ここからが本題です。

このエントリは、いわば、山登りのスタート地点に立った人に、山登りの心構えについて解説したものです。この山に登るのは、そう易しいものではないと言わざるを得ません。しかし、幸い、先に登った人が沢山いて、資料や文献といった形で、道をつけてくれています。

読みました。

要するに、多くの男性はまだ興味持ったばっかりの無知なのだから、私のようにしっかり勉強して覚悟がない限りうかつに女性被害者の問題には近寄るな、よく知らずに口を出すなって話です。

文脈も非常にわかりやすい。

nanashino 新参男性が知識不足からの誤りを当事者に指摘され→否定されたと感じて「もう味方になってやらないぞ!」と逆ギレする という例が今まで山ほどあった故の苦言

さて。
失礼な言い方をすると、宇野ゆうかさんの書いている文章自体ははあまり読む必要はありません。大事なのは記事下部にある「アライ」についての記事を彼女なりに理解して言い換えてるものだからです。こちらを読まないと、全体像がわかりません。あくまで宇野ゆうかさんの記事は「アライ」という概念を紹介する前振りであり、彼女に都合よく編集されたアライ概念です。

ただ、ブコメでアライについて触れている人が全くいないことからわかるように、宇野ゆうかさんの記事は「それ以前」のところを語ることに熱をあげすぎて「じゃあどうするべきか=アライという概念を知ろう」という本題に入れなかった感じだと思います。

私も宇野ゆうかさんが紹介されている記事を先に読んで「アライ」という概念はいいなと思っていたので、この記事が主張している内容にはそれほど反対することはありません。むしろ当然の話しをされていると思っています。私もマルクスさんにほぼ同じようなこと言ったし、同じことを考えてます。*3

女性被害者の件に限らず、LGBT発達障害も災害ボランティアもそうだし生活保護もそうでしょう。何事も関わるならしっかり勉強したほうがいい。また、デリケートな問題であればあるほど気をつけるべきってのは私も同意見です。宇野さんが主張する「私ほど勉強してないやつは何もしゃべるな」は言い過ぎだだけど「自分がレベル1だという自覚を持とう」くらいは当然の話だと思う。




宇野ゆうかさんは、なぜそこまで人を「啓蒙しよう」とするのか?なぜ自分にその資格があると思えるのか?そして、なぜその割にそんなに雑なのか?

しかし、宇野ゆうかさんが紹介したかった記事と宇野ゆうかさん本人が書いた記事を比べてみると、その違いが顕著です。

私は「何をいうかより誰がいうか」をものすごく大事にします。また、主張が正しくても根拠が雑な人は、間違ってる人よりタチが悪いとおもってます。その観点でいうと、とりあえず私はこの記事を読んで、「この話は宇野ゆうかさん以外の人にやってもらいたい」「宇野ゆうかさん自身はあまり信用ならない」と感じました 

多くの人が指摘してる通り、この記事を読んだ時に感じたのは今回の記事で宇野ゆうかさんは「ネットギーク」とか「痛いニュース」みたいなことをしているということです。


GGIを取り上げる人は、どちらかというと政治進出について論じるべきだと思います。あるいは経済問題、特に「家事に対する報酬」などの問題に関してマルクス主義フェミニズム的な文脈で主張をするのはありだと思います。しかし性犯罪の問題でGGIを持ち出して騒ぐ人は信用できません

私は宇野ゆうかさんの主張内容は、そこまで間違ってるとは思いません。反対ではない。ただ、正しい主張をしているのであれば、正しい根拠はいくらでも探そうと思えば見つかったはずです。なのに、話題性を重視しようとして、あえて雑なネットアンケートを持ってきた点が私はめちゃくちゃ気に入らない。

宇野ゆうかさんの言い分としては「知るつもりがある人は自分で正しい情報にたどり着いていたはずだ。私はそうではないアホなやつらの目を覚まさせるためにやっているのだからこれでいいのだ。主語もわざとでかくする」ということかもしれませんが、はちまやJINと同じ発想だからね。データが不正確だったり間違っててもいい、タイトルも煽り口調でいい、という発想はネットやってる人にありがちですが、それをやったらダメなんだってば。

宇野ゆうかさんがそういう煽りメディアだというつもりがないのなら、twitterのアンケート結果を話の枕にするのは全然いいけど、その後でちゃんと正しいデータも出す義務があったはずだしタイトルだってもうちょっとまともにできたでしょ……。もちろん、すぐ調べればわかることだし、これだけで「女性の被害者が多い」ということを否定するという話にはならないけど、読者をナメすぎてないかなと。


まして、宇野ゆうかさんは「あなたたち男たちは私達と比べて無知であり、私はこの問題について自分でよく勉強してよくわかっている」という態で語っておりその立場から「だからあなた達は私達のレベルの近づこうとするか、さもなくばせめて関わろうとするな」という内容のことを書いている。そういう「教師役」や「あらまほしき先達」の立場をつとめようとしている人が、こんな雑な情報を堂々と掲げていたら、こちらとしてはやはり無責任だと怒りたくなる。お前今まで何の勉強してきたんだよ、勉強した結果がそれなのか?じゃあやっぱりみんな適当に発言していいってことじゃないの?ってなってしまいます。


なんで今回の大事な記事でそんな手抜きをしたんだ……。よくわかりません。さすがにちょっとひどいと思いました。



「なかなか理解しない男性に苛立っている」のもわかるし「まずセカンドレイプ発言をやめよう」もわかるけど、「反論するやつはみんなセカンドレイパー」というのは論外だと思う

ここからは宇野ゆうかさんではなく、彼女を支持している人たちの一部の物言いが、明らかに常軌を逸しているという話です。

上で宇野ゆうかさんさんの記事についてちょっと批判的なことをいいましたが、実際には宇野ゆうかさんは専門家でも何でも無く自分で勉強しただけの素人であり、報酬をもらって本当に教師をしてるわけじゃない。間違ってることがあっても全然問題はない。 私がフェミニズムについて、記事で少しでも間違ったことを書いたら、それについてはfont-daさんなどのきちんと勉強している人が「ここは間違っている」と指摘してくれる。それを受けて直すみたいな形で、皆で正しい情報に近づけていこうってのはネットのあり方として健全だと思う。


と思ってたら、この件に関して批判的なコメントに対してこういう反応が出てくるのがすごい怖い。

aquatofana 女性の多数が被害者ってことに懐疑を抱いてるセカンドレイパーの卵がいるので
ちょっと検索したら出てくる結果を貼っておこう。67%の女性が痴漢被害に遭っている(埼玉県調べ)
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0301/supporter/kani86.html

skgctomこれ読んで「めんどくせえ」と思ったなら、全ての性被害事例に対して一切何も発信せず黙ってるってのが全方向に一番安全だからそうするといい。セカンドレイプの声が1つなくなるだけでも充分に大きな効果だから

えーと。

批判している人たちの多くは「女性の多数が被害者であるということに懐疑を抱いている」わけではない。宇野ゆうかさんがtwitter調査の結果を持って根拠としていることについてちょっと待てと言ってるのだ。そういう意見を「女性の多数が被害者で有ることを疑っている」と解釈し、あげく「セカンドレイプ」とレッテルを貼り、切り捨てようとする行為はよくないと思う。

正直ネトウヨとやってること変わらんぞこの二人の発言。宇野ゆうかさん本人はそこまで言ってないと思うんだけど

こういうのがまかり通ってたら、そこまでとは言わないけど、狛江市長化するフラグになると思う。狛江市長のアレは「男」の問題でも有るけどそれだけではなくて「批判に向き合う態度」であり、これは女性には当てはまらないとは言えないわけだから。



そもそも、「私達レベルに達してない人間は黙ってろ」なんて言葉は、自分の口から言うべきじゃないでしょう。そんなことをしなくても、本当によくわかってるなと思う人に対しては、他の人はどうかわからないけど、私はちゃんと敬意を払います。例えばfont-daさんなどの発言などには、自分と意見が違っていてもとりあえず耳を傾けようと思うし、宇野ゆうかさんがちゃんとしたデータにもどついて、信頼できる語りをしてくれているのであれば、任せて信任したりする。

今回は先に「先生として振る舞います」という態度が出て、それならそれに見合う説得力と信頼性を見せてみろというターンだったのにデータの出し方が不誠実だったというので、いろいろ信頼できないな、という印象になってしまったのに、それに対して批判するやつを黙らせようとするアクションって最悪ダゾ。



言うまでもないですが、私は、少なくとも「私の基準に置いて」、ミソジニーセカンドレイプも許されないと考えています

上のブックマークコメントのように「せっかく女性のために発言している宇野ゆうかさんの言うことに反対するやつは全員セカンドレイパー」「主張内容以外のところにケチつけるやつは全部トーンポリシングだ」みたいな雑な基準だったら私は即刻有罪でしょう。

でも、そういう人から何を言われようと私は気にしません。

私は、私の基準に基づいてセカンドレイプには反対しています。私の基準というのは辞書に近い認識です。

レイプなどの性的暴行を受けた者に対して、第三者が、性被害の苦痛を思い出させるような言葉を投げたり、被害を受けた原因の一端が被害者自身にもあったというような中傷めいた発言をしたりして、精神的な苦痛を与えること。

https://www.weblio.jp/content/セカンドレイプ

つまり、「実際にある被害をなかったことにしようとしたり」「被害の責任を被害者に追わせようとする」ことは許されないと考えます。宇野ゆうかさんの発言が雑であることを指摘するのはセカンドレイプには当たらないと考えています。 以上です。

*1:私は高校で教師をやっていたことがありますが諸事情あって辞めました

*2:http://possession.hatenadiary.com/entry/2016/08/15/230000

*3:ただ、この基準を主張するなら、オタクについて軽々しく語りオタクセカンドレイプ的なことを平気で言ってる自称フェミニストのみなさんにも同じ基準で行動して欲しいわけですが……まぁそこも置いておきます