この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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宇多田ヒカルさんのツイートへの答えは本当に「ストローマン論法」で正しかったのだろうか?


これ読んでてすっきりしないなー。
宇多田ヒカルさんのツイートの質問には3つの要素があって、どれが彼女の主眼であるかによって答えが変わる。ただ、どれを優先するにしても「ストローマン論法」が最適になることはないと私は思うんですよね。

有名無名問わず、
①誰かがメディアでした話から別の誰かが一言だけ抜き取って、文脈から切り離してネットで持ち出して、
②そこから少数派を除いた多くの人がソースの文脈を参照しようとしないまま
③自己投影に基づいた批判や擁護(つまり妄想)のたたき台にして
論争が繰り広げられる現象にまだ名前ないのかな

①はメインならチェリーピッキングとかクオートマイニングのほうが適切だろう。一応広義ではストローマン論法に該当するが、これが主眼ならストローマン論法という言葉は私は使わない。
②だということであればそれは「ただの無能」=「ハンロンの剃刀」とか群衆心理の話です。
③がメインならストローマン論法と呼べなくも無い。とはいえ、これについても、明らかにストローマンよりも「忖度」のほうが適切だと思う。宇多田ヒカルさんが「忖度」という言葉を知らなかったとは思えないし③が主眼ではないと思うんだよね・・・。

①と③だけならまぁストローマン論法といっても良いと思う。しかしストローマン論法を指摘する場合「故意」であることが構成要件であると思う。そうでない相手に使うのは筋が悪い。②を含むのは筋が悪い。


そもそも、①と②③では主語が違うはずです。
①は扇動する人たち(たとえば左ならリテラ、右ならnetgeekや保守速報みたいな存在)であり、②③は煽られて何も考えずに、自分で調べずに流される群集のはずです。

さらに言えば、宇多田ヒカルさんが問題にしてたのは①~③によって引き起こされる現象であって、ストローマン論法そのものなんだろうか?という疑問を持ってしまいます。

本人が納得してるからいいのかもしれないけど、「現象に名前をつけるという」趣旨だったはずなのに、これで納得していいのかな、と。ストローマン論法は、現象の「原因の一つ」に過ぎないと思うので、これ国語の問題なら普通にアウトじゃないだろうか。*1

本人が納得してるみたいだから別にいいといえばいいんだけど、今から思うとかなり微妙な出題だったんじゃないかなと思うんですよね。なんでみんなこのやりとり見てすんなり納得できるんだろう?ってのがどうもすっきりしないというお話でした。*2


まあ良いや。「ストローマン(藁人形)論法」ってのは使いどころかなり難しいため、少なくとも他人に向けて使うのはかなり慎重であった方が良いと思う。なんだか、はてブコメントを見ると、さっそく使う気満々の人が多いみたいだけど、やめとけほんとに。
そういいながら私も何度かは使ってるけど、「明らかにひどすぎる例」を除いてはあんまり使わないようにしてるつもり。指摘するのは簡単なんだけど、これ諸刃の剣なので。

基本的に、よほど悪意を持って印象操作をしようとしたり、嫌がらせのような形で絡んで来る人以外に対して、「藁人形論法」を指摘する機会はないですよ。

ちょっと話が通じないくらいで「藁人形論法だ!」と指摘する人にはこの言葉を進呈したい。

金槌の法則
クリスマスプレゼントに金槌をもらった子どもは、何でも叩きたがる。

tyoshiki.hatenadiary.com


というか、本当に不思議なんだけど。
ネット歴が短い人ならともかく、今までネットやってて、なんで「ストローマン論法」って言葉知らない人がこんなに多いの?「藁人形論法」って5年前のはてなでアンケートとったら99%の人が知ってるんじゃないかくらいに思ってたんだけど。まして「忖度」ならあれだけ話題になってるんだからみんな知ってるでしょ・・・。安倍マンセー、上司ヨイショくらいの意味としか認識してなかった人多いのでは? 
今のネット、私が知ってるネットと違いすぎてやばい。これが老害ってヤツか・・・うわああああああああ



おまけ 太字部分呼んでね

15 Logical Fallacies You Should Know Before Getting Into a Debate | The Best Schools

2. Straw Man(かかし。のろいの藁人形はまったく関係ない)
It’s much easier
to defeat your opponent’s argument
when it’s made of straw.

The Strawman fallacy is aptly named after a harmless, lifeless, scarecrow.

In the straw man fallacy,
someone attacks a position
the opponent doesn’t really hold.

Instead of contending with the actual argument,
he or she instead attacks the equivalent of a lifeless bundle of straw,
an easily defeated effigy,
which the opponent never intended upon defending anyway.

Straw man fallacies are a cheap and easy way
to make one’s position look stronger than it is.
Using this fallacy,
opposing views are characterized as “non-starters,” lifeless, truthless, and wholly unreliable.
By comparison, one’s own position will look better for it.

You can imagine
how straw man fallacies and ad hominems(人身攻撃) can occur together,
demonizing opponents and discrediting their views.

This fallacy can be unethical
if it’s done on purpose,
deliberately mischaracterizing the opponent’s position
for the sake of deceiving others
.

But often the straw man fallacy is accidental,
because one doesn’t realize he or she is oversimplifying a nuanced position,
or misrepresenting a narrow, cautious claim as if it were broad and foolhardy.

See if you can detect
how both of the following statements could qualify as a strawman fallacy.

Example 1: “The Senator thinks we can solve all our ecological problems by driving a Prius.”

Example 2: “Quite the contrary, the Senator thinks the environment is such a wreck that no one’s car choice or driving habits would make the slightest difference.”

*1:というかブコメで賛同してた人、ちゃんと自分でストローマン論法について、せめてWikipediaでもいいから調べたの? そうじゃないなら①と③だけ見て②をスルーしてるよね。それは怠慢だし、にも関わらず自分が②に当てはまらないと思っているなら自己奉仕バイアスじゃないかな

*2:コレについて、「細かいことはいいんだよ」っていってあなたが気にしないのは勝手だけど、私にとってはたしかに細かい話ではあるけれど、そこそこ大事なので、勝手に自分の価値観で人の疑問を矮小化しないようにお願いいたします。