この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「レッテルを貼るなら<気に入らない人>にではなく<批判スべき行為>に」

「罪を憎んで人を憎まず」は人類には難易度が高すぎるお題目なので、私はこういうお題目を提案したいと思います。

私は主張内容が違う人はたいして嫌いではありませんが、たとえ自分とおなじ主張をしていたとしても「主張の方法」が悪質な人が大変嫌いです。

最近も、キズナアイに対する不当な批判に対して反対しているという点では同じ立場ではあっても、他人に安易にレッテルを貼って他人を貶めようとする人たちがいたので、そういうのはやめましょう、とこのブログ上で批判しています*1


繰り返しますが、私は主張内容が違うだけならそれほど嫌いではないです。一方で主張の「手法」が卑劣だったりすると、そういうことをする人のことは嫌いになります。主張内容が私と同じでも手法が問題ある人は嫌いです。

「批判したい対象があったときに、極端に悪い例を挙げて、対象がその極端な悪い例と同じ側だと印象付けようとする詭弁」について

ところで、たまたまtwitterみてたら、よくここまで人を馬鹿にしたツイートを書けるなというツイートを見かけました。

これ、すごい人を馬鹿にしてるよね?完全に馬鹿検知器じゃないですか。
「いいね!おしたら馬鹿」になるやつじゃん……ってなんで1000人ちかくいいね押してるんですかね。まじで大丈夫?


このすしやま、という人はこの記事投稿したらもうブロックするので今後関わることはないですが、それにしても詭弁としてもあまりにレベルが低すぎる。悪意があってやっているのか、本気で言ってるのか微妙ですがこれはないし、ましてこれにいいねをつけちゃう人はもっとありえない。



リプ欄を見る限り、普通に思考力が有る8割くらいの人はこのツイートが論理的におかしいことを言ってるとわかるようですが、2割くらいの人がわかってない感じで怖いので一応解説をつけるとこういうことです。

これでまだわからない人いますか?
いたら論理的思考が全くできてないってことだからちょっと気をつけたほうがいいと思います。








人と違ってこういう「詭弁まみれの発言」についてはちゃんとラベルを張って、こういうのはダメなんだよということをひと目で分かるようにしておくべきだと思う。 そこでこのすしやまさんという人の発言が詭弁または誤謬としてどれに当てはまるかをチェックしてみましょう。
詭弁 - Wikipedia
誤謬 - Wikipedia

すしやまさんが行っている詭弁その1 「誤った二分法」

これは非形式的誤謬でもありますが、まず「誤った二分法」がはっきり観測されます。
すしやまさんの話にはには中間項がありません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%A4%E3%81%A3%E3%81%9F%E4%BA%8C%E5%88%86%E6%B3%95

誤った二分法あるいは誤ったジレンマは非論理的誤謬の一種であり、実際には他にも選択肢があるのに、二つの選択肢だけしか考慮しない状況を指す。密接に関連する概念として、ある範囲の選択肢があるのにそのうちの両極端しか考えないという場合もあり、これを白黒思考 (black-and-white thinking) などと呼ぶ。

XでないものはYである。ふさわしくないものはふさわしくない。左でないものは右であるという極めて雑な思考。こんな雑な思考しかできない人は、グラデーションのある問題を論じる場に首を突っ込まないでほしい。自分にはその資格がないことくらい自覚して、まず国語の勉強をやりなおしてきてくださいお願いします。

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本当は「論理学」とか「論理トレーニング101題」を読んでほしいけどまずこのあたりの難易度がおすすめ。

今回のキズナアイ問題、相当な人たちがこれにハマっています。何があったか知りませんが、人を敵か味方にしか分けられないという思考に陥ってないと、すしやまさんのような極端な発言は出てきにくいと思います。


すしやまさんが行っている詭弁その2 「媒概念曖昧の虚偽」

また、すしやまさんのツイートはさらに「媒概念曖昧の虚偽」の合わせ技になっています。聞き慣れない単語かもしれませんが、ようするに適切でないたとえ話をした結果、もとの話と辻褄が合わなくなってるってことです。たとえ話の下手くそな人=問題点をよく理解できていないままたとえを行おうとする人は意図せずこの虚偽を犯しています

Aの発言は「MはPである。SはMである。故にSはPである」と一見第一格の三段論法に見えるが、文脈によって異なる意味を持つ単語を媒概念に使用しており、「大前提M-Pの文脈におけるM」と「小前提S-Mの文脈におけるM」が異なるため、命題は成立しない

私が下手くそなたとえ話を使って人を説得しようとする人間を嫌うのは、この大前提と小前提の違いをわざと混同して人を騙そうとする人が多すぎるからです。これは大変人をバカにしていると思います。

すしやまさんの主張はこの形式に当てはめるとこうなります。

M「小児科の受付に貼るポスターにはどちらが相応しいか」と問われた時に右じゃなくて左だね、と判断すること」は
P「公共性と表現の折り合いをつけるということである
S「キズナアイNHKに出すということ」は
M「小児科の受付に貼るポスターにはどちらが相応しいか」と問われた時に右じゃなく左だねと判断できていない」
故にS「キズナアイNHKに出すということ」はP「公共性との折り合いをつけていないからふさわしくない」。

もうどこが間違っているかわかりますね。「小前提S-Mの文脈におけるM」が成立しないわけです。

単純な話、たとえ話の前提と、すしやまさんが主張したい話の前提が全然一致してません。さらにSはMであるという判断はその1ですしやまさんが誤った二分法に陥っているからこそ導き出された結論にすぎないため全くお話になりません。

もうぶっちゃけますけど、誰かを説得しようとするときに、手っ取り早くたとえ話や比喩を使おうとする人間は怠慢すぎます。特に、何かを批判するときに比喩を使ってる場合は眉につばをつけておきましょう。私も時々勢いでやってしまいますが、だいたい失敗します。信用してはいけない。 
だからビジネス自己啓発記事とかでよくたとえ話を使おうっておすすめしてる人がいますが、ふざけんな。そういう記事を書いてる人は敬遠したほうがいいです。たとえ話は「インプットの練習」のためにやるのであって、いきなりアウトプットでたとえ話をするのはダメです。理解が足りてなかったら信頼を一気に失います。そういうリスクを説明せずにたとえ話を推奨する人間は不誠実です。

原則としてある程度親しくなって信頼を置いてる相手以外から唐突にたとえ話が出てもそんなん信じるに値しません。むしろそういう人間は「わかりやすい」ではなくまず疑ってかかるべきです
何かを批判するときに比喩や強い言葉を重ねすぎると・・・ - この夜が明けるまであと百万の祈り
比喩やたとえ話に対する私の感情についてのメモ - この夜が明けるまであと百万の祈り

このことがわからない人は「わかりたがる」あまりに論理的ただしさを度外視してる危険性があります。「処理流暢性」って言葉をググると幸せになれるよ。

すしやまさんが行っている詭弁その3 ストローマン論法(またはチェリーピッキング

わら人形、わら人形論法、架空の論法ともいう。Aが主張していないことを自分の都合の良いように表現しなおし、さも主張しているかのように取り上げ論破することでAを論破したかのように見せかける。燻製ニシンの虚偽 (red herring)。論理性が未熟なため相手の主張を誤解している場合は誤謬であるが、意図的に歪曲している場合は詭弁となる。議論が過熱し論点が見えにくくなると起きやすい。社会生活上よく見られる。

言うまでもなく「キズナアイを選ぶこと」を「エロゲーのポスターの延長線だ」と表現したことがストローマン論法に当たります。極端な例を持って他人を誘導しようとしているという意味ではチェリーピッキングとも言えます。


最近宇多田ヒカルさんをきっかけにストローマン論法という言葉は広まりましたが、重要なこととしてストローマンストローマン論法は単体では起きにくく、大抵の場合他の誤謬が前提にあります。

ストローマン論法をやらかす人は、まず「極端な例=白黒思考または合成の誤謬」をやらかしており、さらに「たとえ話=媒概念曖昧の虚偽。すぐに本題を外れて自分の主張に都合の良い話を始める」という傾向が強いと私は考えています。

その当たりからストローマン論法を見抜いていきましょう。

すしやまさんが行っている詭弁その4  論点先取の詭弁

更に突っ込むと、たとえその1とその3の内容が正しかったとしても「「小児科の受付に貼るポスターにはどちらが相応しいか」と問われた時に右じゃなくて左だね、と判断するのが表現と公共性の折り合いをつけるということなんです」は「論点先取」の詭弁となっています。

まあ論点先取はよほど露骨でない限りはあまり問題視しすぎるのもどうかと思うので深く触れません。

すしやまさんが行っている詭弁その5 燻製ニシンの虚偽

燻製ニシンの虚偽、またはレッド・ヘリングは、重要な事柄から受け手(聴き手、読み手、観客)の注意を逸らそうとする修辞上、文学上の技法を指す慣用表現。
(中略)
「政治的な燻製ニシンの効果は、ほんの一瞬のものでしかない。土曜には、その臭いも石のようにさめきってしまった」と記している

これはその2 媒概念曖昧の虚偽の応用です。どちらかというと今回はこちらのほうが正確かもしれません。キズナアイの話で小児科医の話を持ち出すことの欺瞞。書店におけるラノベ表紙の件でさまざまな議論をすっ飛ばして「こどもには見せられない」という点を強く押す人もこの部類に属します。感情論としてならともかく、これを故意にやってる人はきわめて卑怯と言えます。
twitterにおける人気ツイートではこの詭弁がもっとも多く観測されるので、皆さんも自衛のために知っておくと良いです。

すしやまさんが行っている詭弁その6 誤った類推

これはその1やその3と重複するため説明を省略します。どちらかというと詭弁というよりは誤謬に属します。



とにかくすしやまさんの発言は短い言葉の中にこれだけの詭弁があり、いかに結論ありきで論理を無視したものであるかがわかると思います。それでもいいね!押しますか?




味方だと思ったとしても「論理的でない」人たちや「クソみたいなたとえ話や大事な部分を省略する人」、それから「個人への誹謗中傷する人」なんかを応援するのはやめよう

というか。

そういう細かいことはわからなくても、すしやまさんの発言がなんかおかしいな、と思えない人はちょっとバイアスを認識したほうが良い。もう自分は結論ありきで、結論さえ自分の望みどおりならプロセスはどうでも良くなってるのではないか、と一度立ち止まって考えて欲しい。


いいですか。
こういう論理性のかけらもない人の発言でも「自分たちの味方だから同意する」というのがどういうことか考えてください。そんなん「私には論理のかけらもない人間です」って言ってるようなもんじゃないですか。


ほんとにそれでいいんですか?



別に私は立場がオタクでもフェミニズムでもそれ自体は結構なんですよ。いくら自分の仲間に見えるからと言って、こういうずさんな理屈を述べてる人を応援するのほんとやめて。
「わかりやすい」が必ずしも正しいではないことくらい大人ならわかるでしょ?むしろ論理的に不正を行ったり、都合の悪いところを省略して印象操作しようとする人にインセンティブ与えてどうするの。


そんなにネットを「信頼できない」「嘘ばかり詭弁ばかり」の場にしたいの?


私は嫌だよそんなネット。


論理が全てだとは言いません。むしろ感情が先に立つ。それは確か。感情を疎かにしろなんていってない。



でもね。



「私はこれ嫌い」ならともかく、人を批判して「お前たちは間違っている!わたしの思ったとおりにしろ」と「要求」をするなら全然話は別。他人に要求する時はちゃんと論理的に喋れ。それが嫌なら「私はこれ嫌い」だけ言ってろ。自分が「他人に要求をしている」ことに自覚がなさすぎる人が多すぎ。 自分の感情の問題だけなら、正当性なんか求めずに自分で責任取れ。 

そういうことができない人は、少なくともネットでは対等な人間としてはみなせません。


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「わかったつもり」状態から抜け出すために、自分と戦い続ける意志力 - この夜が明けるまであと百万の祈り

*1:あと、これはブログでは書いてませんが、魔理沙アイコンの人が、少年ブ○ンダさんという人に対して、年齢などの個人情報を晒したり人格攻撃をしているツイートをまとめて盛り上がるという悪趣味なことをしていたので、このまとめについてはtwitter上で会話をして納得の上で削除してもらいました。私は少年ブ○ンダさんのことが嫌いですがそれとこれとは別です。