この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「文化的オムニボア(雑食性)」  (この仮説に従うなら)ラノベ表紙騒動やキズナアイ騒動は、男女問題ではなく階級意識の問題

なんじゃこれ。めっちゃ面白かったぞ。わたしのこの記事はどうでもいいから、リンク先ぜひ読んでみてー。

大丈夫? 社会学の仮説だよ?

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最初に述べておくと、この記事で紹介されている概念や調査結果は大変面白いと思うものの、研究には研究者の「女性こそが文化再生産の担い手なのだ!」というバイアス、もっといえば結論ありきの姿勢が強烈に影響しているという話だそうです。

ここで注意しておきたいのは、片岡氏が文化資本の再生産」の担い手を、徹頭徹尾「女性」に設定しているという、ある種の強いバイアスが働いた見方である。
(中略)
問題なのは「女性の文化再生産の役割」と、「男性の大衆文化への親和性」を強調し過ぎるあまり、ラディカル・フェミニズムに近いヒステリックな側面が否応なく感じられてしまう点ではないだろうか。ブルデューのように、自身の立場をも批判的に客観化する所作――いわゆる「客観化のメカニズムを再客観化する思考」――は、本論には皆無である。

この仮説にのっかかれば、ネットで暴れてるフェミニズムさんのいう「文化再生産」の責任をほとんど女性側に押し付けられることができ、ネットにおけるオタクバッシングの殆どを無効化できるのですが、まぁそういう宇野ゆうかさんみたいな適当なことはしたくありません。*1


というわけで、以下はあくまでただの与太話としてお楽しみください。

文化的オムニボア = 階層は男性の責任だけど、文化再生産の問題は女性の責任なんですって

片岡氏の調査報告から判ることは、女性の方が文化資本の獲得において卓越化しようとする志向性が男性よりもはるかに高いという事実である。後に明らかになるように、その理由は女性の「結婚戦略」が「文化資本の多寡」と分ち難く結び付いているからであるが、ひとまずこの段階で可視化されるのは、ジェンダーによって階層再生産と文化的再生産が「分業」されているという社会構造である

成人男性の多くが、「文化的雑種性」を示しているが、これが「文化的オムニボア」の主たる特徴である。彼らは実に日本の成人男性の半数(54.0%)に相当する。文化的オムニボアは特に若年層に多く、とりわけ高学歴男性やホワイトカラー層で顕著に見出される。そして片岡氏はこの雑種性を「寛容性」として半ば肯定的に解釈している。

文化的オムニボアの内、「大衆文化」には見向きもしない、いわゆる「文化貴族」(ハイカルチャー・ユニボア)は本論の調査時点で1・9%と、極めて低い数値を示している。「文化貴族の血統性」を保存する社会的ホメオスタシス(恒常性)がより堅固に機能するのは、「女性の高学歴層」においてである。

明らかにブルデューがフランス社会で調査した「文化的排他性仮説」とは異なっている。

つまり。

ヨーロッパから輸入されてフェミニズムを学んだ人達が言う「文化再生産」の理論って、このブルデューの理屈なんだろうけれど、これそのまま日本に当てはめるのは全然妥当じゃないってことだよね。以前からフェミニズムの方々、何かと言うと「よろしくない文化が再生産される」って理屈をごちゃごちゃ述べてたわけだけど、日本の場合、男性は文化再生産にあまり寄与しておらず、むしろ女性が硬直的って研究結果らしいっすよ。


シュナムルさんのようなヨーロッパ風「文化貴族」指向の人は、現代日本では社会的に排除されがちなかわりに「中産階級以上」を指向する女性に支持される

文化的オムニボア - Wikipedia

日本人男性は高学歴者であっても「ルサンチマン」を回避するためハイカルチャーのみではなく雑多な文化に属する。ここでいう大衆文化には漫画・アニメ・パチンコ・競馬なども含まれる。特に日本男性の場合は「コミュニケーション能力」が重視されるので、どのような文化階層者とも付き合いを強制されるため、このような結果となった。

さらに同時にハイカルチャーにのみ属する男性は社会的(特に企業社会・官公庁社会)に排除されることも分かった。また「文化的オムニボア」は若い男性ほど傾向が強くなることも分かった。これに対し、女性の場合は高学歴者ほどハイカルチャー志向であり、これによりジェンダーバイアスが認められた。したがって日本男性には文化資本の再生産は認められないが日本女性には文化資本の再生産が認められるという結果となった。

女性はなぜ男性よりハイカルチャー志向が強いか? | 鈴村智久の研究室

現代のエリートに求められる資質とは、多様な集団の文化を理解し、文化的に寛容になれるハビトゥスを持つことであると考えられる。この第二の視点を、「文化的寛容性仮説」を呼び、現代の文化資本とは、文化的に排他的であることではなく、文化的な多様性や寛容性を示すことであると定義した

つまり(この仮説に従うなら)ラノベ表紙問題やキズナアイ問題は、男女問題ではなく階級意識問題

エリート層でも大衆文化を摂取することを強要されがちな日本の文化が、逆にエリート層(自称含む)のオタク文化嫌悪につながっているのかもしれないですね。

はてなーに多そうな高学歴な専業主婦は「大衆文化を排除する戦略」を身体化させられていることが多いらしい

女性の中でも、特にハイカルチャー志向が強いのは、意外なことに「専業主婦」であると片岡氏は指摘する。特に高学歴で、職場からも一時退いている場合、彼女たちは「大衆文化を排除する戦略」を自然に身体化している場合が多い。

何故そもそも女性の方が男性より高い文化資本を求めているのだろうか? 片岡氏によれば、日本では昔から子女に対して「文化的洗練性」を美徳として教育する傾向が強く、これが成人後の彼女の「結婚戦略」にとって大きな武器となるからである。興味深いことに、統計調査結果では、文化資本が高い女性ほど、社会的地位が高くなる

このように全体として、社会的再生産は男性に任せ、文化的再生産は女性に任せるという構造が成り立つ。ジェンダーにより文化的再生産と社会的再生産が分業されるこの構造を、筆者は「階層再生産と文化的再生産のジェンダー構造」と呼んでいる

日本の場合は「文化貴族」ではなく「中間文化」愛好家が「大衆文化」を軽蔑するという状況が目立つため非常に不毛

片岡氏が作成した本論中の資料「文化消費パターン」では
・「ハイカルチャー(文化威信の高い文化活動群)」とは、例えば「クラシック音楽のコンサートに行く」、「美術館や博物館に行く」、「歌舞伎や能や文楽を観に行く」、「華道・茶道・書道をする」、「短歌や俳句を作る」の五項目

「中間文化」とは、「ゴルフ・スキー・テニスをする」、「小説や歴史の本を読む」の二項目である。

最後に「大衆文化」とは、「カラオケをする」、「パチンコをする」、「スポーツ新聞や女性週刊誌を読む」の三項目で構成されている。


ちなみに、いくら文化的オムニボアの傾向が強いとはいえ、やはり文化資本が乏しい人とそうでない人には差がある模様。

ここで浮かび上がるのは「文化の同心円構造」であり、文化資本の貧しい行為者ほど「大衆文化」という中心の小円から出られないという事実である。エリートがハイカルチャーへの志向性を示しつつ、余興的に大衆文化にも一定の理解を示す所作とは根本的に異なる

社会学自体はものすごく面白い分野だとは思うんだけど……

というわけで、冒頭でも述べたとおり「仮説」としては大変面白いです。でもまぁ、社会学の研究って、もうとにかくこういう仮説を出したい放題なんですね。 フェミニズム同様社会学一人一派なのでしょうかね。 自分にとって都合の良いことを主張してくれる社会学者は多分探せばいるのでしょう。 なので、文化的オムニボアの話も、話半分程度に受け止めておくくらいがいいのかもしれません。

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個人的にめっちゃくちゃおすすめの本。この本みたいに「入門書」や歴史の振り返りレベルで読んでるぶんにはとても勉強になるし、社会と自分の関わりを意識できてとてもためになる学問だと思うんですけどね……各論に入ると地雷が多くて難しい。

*1:宇野ゆうかさんは「社会にとって趣味とは何か」をという本を引用して「二次オタ男性と女性、非二次オタ男性と女性に分けて、ジェンダー意識に関するアンケートを取ったところ、男性二次オタが性役割の意識が最も保守的で、女性二次オタが最も既存の性役割意識から離れている」という主張をよくします。ところが、この本も強烈に研究者のバイアスが掛かっている本らしいです。https://togetter.com/li/1277089 こういう本を、自分に都合がいいからと言って無批判で紹介してしまうのは大変よろしくない態度だと思いますね。