この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「いい人」でいたければ、せめて「いい人」であることが有効である場所を選べ

算多ければ勝ち、算少なければ勝たず。而るを況や算なきに於いてをや。

『努力は裏切らない』っていいますけど、これをみんなちょっと軽く使いすぎる。これは補足してあげる必要があるんです。『正しい場所で、正しい方向で、十分な量なされた努力は裏切らない』

いい人でいることが正しい場所とはどこか?
いい人でいることが正しい方向とはどの方向か?
いい人でいることの必要十分な努力量とはなにか?



「いい人」であるための努力が報われるための条件は、実はとても狭い。

「いい人」であることが報われるのは、いい人であることに価値がある場のみです。

「いい人」であることに価値がある場とは、公正さが重視される環境のみです。

公正さが重視される環境というのは、
弱肉強食という摂理を抑制する公正さを重視する上位ルール(憲法)が存在し、
そのルールに関して「違法・脱法行為」が長期的に見て
「公正な振る舞い」より得をしない条件がみたされていることです。

その条件が満たされない場所で「いい人」であろうとする努力は無意味であるどころか自分を不利にします。



「いい人」ほど絶対辞めさせないブラック企業のあんまりな手口 人事の目で読み解く企業ニュース【9】:PRESIDENT Online - プレジデント

こういう人たちは人としてはまっとうであり、真面目な人だ。与えられた仕事をこなそうとする責任意識の強い人であり、彼らには責められるべき何の非もない。悪いのはその性格を巧みに利用し、こき使おうとする経営者や上司である

会社は社会的に許容されない違法労働などの悪事を働きながら、労働者に対しては「すべて自分が悪いのだ」という自己責任意識を植え付ける、つまり洗脳によって辞めさせることを封じて過酷な労働を強いる。今後、人手不足が続けば、自己責任の名の下にあらゆる策を弄して辞めさせない企業が増える可能性がある。

このように、場所を誤れば、いい人であることは、ただの「愚かしさ」となってしまい、その人は努力すればするほど食い物にされる。


「いい人戦略」は戦略です。 
戦略とは勝つためにあります。
戦略とはまずその方法で勝てるかをチェックするためにあります。
勝てるなら実行し、勝てないなら撤退する。その決断をするためにあります。
最低でも「孫氏」における五事七計はチェックしなければいけない。
「いい人であることが有効な場において、いい人出あることが有効に働くような方向で、十分に努力する」ことが出来なければ意味が無い。





「いい人」戦略と「美人」戦略の類似性

「累」2巻において「美人」であるための苦労・努力について語るシーンが有りますが、
これが「有効」だったニーナと、その努力が報われる道が完全に閉ざされていた累の会話が面白いです。

「もともと顔が良いだけでなく、私と出会ってから今まで一緒に磨いてきた自負もあるでしょう。
 化粧も覚えたし、少し余分についていた背中周りの肉も落とした。歩き方も姿勢も矯正した。
 でも、そういう努力を「こんなに努力しました」なんで見せないこと。あたかもこれが自然ですって顔して歩くの
 服が体を締め付けても、ヒールにかかとが音を上げてもね。
 ……どう?美人でいるのも大変なものでしょう?」


「大変?
 容姿への努力がみるみる報われていくのは、とても楽しい。
 こんな幸福なことを「大変」なんて言うのは贅沢
よ。」

「そっか…そうよね。
 あなたがもし元の見難い顔のままなら、一生味わうことのなかった幸福だものね」

「…そのとおりよ。
 それは、容姿への努力が報われることだけではない。
 こうして、プロの世界で台詞が読めること。
 集団の中に私の役が、つまり居場所があるということ
 これがどれほど幸福なことか。

 私がもし元の顔のままだとしたら、あんな風に裏で笑われてはいおしまい。
 元の私だったら、何かに対して期待すること自体不可能だった。
 何かを求めれば、その先に待っているのは地獄だとはっきりわかっていたから。

 でも私の容姿によって予め奪われていた幸福に、きっともうすぐ手が届く。
 このまま…このまま全力で*******************」

いい人であることは精神的に美人であろうと努力し続けることに等しい。
そのための努力を維持するためには、「そのための努力が報われる」という状態がまず必要になる。
好循環のサイクルを生み出せなければ、根性だけで続けることは出来ない。




「いい人」であることの努力が報われる幸運を祈らず、報われる条件を理解し、整えることが必要

繰り返すと。
「努力」が報われるというのは非常に幸福なこと。
戦略を持たず、努力すれば報われると信じ、実際に報われた人は非常に幸福なこと。
戦略は他の誰かが考えて、それに従っていれば報われていた時代はとても幸福な時代。
それは、当たり前ではない。
努力したのに、報われない。むしろそちらのほうが当たり前。
だからこそ「報われる努力をする」「努力が報われるようにする」戦略がひつようになる。

funapon22 何もかも戦略でやっていかなきゃいけないんでしょうか?

私もそう言いたくなるし今でもそう思ってるけれど
少なくとも「努力する」なら戦略は絶対にあったほうがいい。
私は、その戦略の重要性に全くきづいていなかったし、だから軽視していた。

そして、「こんなに努力してるのに報われない」とかそういうことを思ったし言ったりしてた。
この言葉を口にするくらいなら、つまり報われたいと思っているなら、一度は戦略について意識してみたい。





余談。「戦略」を超える世界

今日「スーパーふぃクション」って芝居を見てきたんだけれど、これ思い出した。

「君は報われない幸せを知らない」 - この夜が明けるまであと百万の祈り

君は報われない幸せを知らない

こういう戦略や算術を超越した世界が、多分「愛」なんだろうな、と思う。

努力して報われること、そういう見返りが気にならない。
ただただそうしたいからそうする。
そうせざるを得ない、そうしない生き方を想像することさえできないからそうする。

そういうものはすべて愛と言って良いと思う。
もともと愛は良いものでも悪いものでもなくただわけがわからないもの。
自分の人生の中にそういう部分を持っている人の生き方は豊かでありましょう。

私はかつてはそういうものがあったと思うけれど
今の自分の日常にはそういうものが存在しないので、また取り戻したいなと思います。
そのためにもまず、戦略を持って努力することを覚えなければいけない。


「スーパーふぃクション」のちゃんとした感想はこちらをどうぞ
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