この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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発達障害がテーマのWebコミック 「イラスト・漫画で見る発達障害」「フロンティア☆ADHD」メモ

とりあえず全部読みました。
自分も経験上そうだなあと思ったところだけメモしておきます。


ベンボー提督亭 : 漫画で読む発達障害第1部・もくじ(1)
ベンボー提督亭 : 漫画で読む発達障害第1部・もくじ(2)
ベンボー提督亭 : 漫画で読む発達障害 第2部 もくじ
ベンボー提督亭 : 漫画で読む発達障害 第二部 もくじ (2)
ADHD漫画で解説サイト

自閉症者の視界はとてもせまい!だけどれども、理解したことにより、今までわからなかった、見えていなかったことが
「どうしてこれが今まで見えてなかったんだろう?」と、思うぐらい ぐんと視界までもが広がるんですよ…。

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51439030.html

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51439587.html

発達障害者は、なにもないところから「好きなようにやりなさい」と言われると、何をしていいのか?わからない場合が多いです。ですので、 「これとこれ」と、決められた枠の中で、得意分野を「好きなようにすすめてください。答えは正解が出ればどんなルートをたどっても構いません」という状況が、楽だったりしますね。
「このルートをたどって導き出す以外は正解はない!」と言われると、「え?どうしてそれが正しい道なの?」と、わからず、自分のやることひとつひとつに自信が持てなくなってきたり…。「できないのは、全てわからないからなのね?」と、指示が細かいと、逆に「なんでも命令してくる!」と、怒り出したりします。

自閉症者が「自分は、障害だから常識がわからなくて当然!!」と、してしまうことは、車椅子の障害者が「車椅子にも乗りません!ベッドで寝たきりでいます!移動は誰かが、私を背負って歩いてください」と、言ってるようなもの。「無理して健常者の真似しなくったっていいじゃない!障害なんだから!」はたして、そうなんでしょうかね?

自閉症は、脳のネットワーク障害で Aの件とBの件がつながらない。だから連想した発想、正しい推理ができないと説明してきましたけれど、余計な妄想と、そこから別方向につながる推理はするんですよね…。それでどんどん悪い妄想ならひろげていっちゃう…。悪い方へ、悪い方へと受け取りやすいアスペ者は、私の見たところでは少なくない

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51462145.html

自閉症者・アスペルガー者は、 「完全が欠ける」と、次へ進めなくなる方もいらっしゃるからです。最初っから、順番に1→2→3→…と、やっていければいいのですが、そのスタートがダメだと、それ以降の2→3→…とやっていこうとは思わないとか、それとか、突然「3」からやりなさい。と、言われるとできない
逆に、中、途中、手をつけるタイプの中には、その一部分が埋まったことによって「脳内作業」が終了してしまう。一度でも、下書きをメモ程度にでも他に描いてしまうと、脳内作業は満足してしまって、本番の絵は描きたくなくなるんです…。

その場の即座の対応を苦手とする障害でもあります。脳が、その場の即座の「選択」「比較」を苦手とする。脳が、物事の全体を把握できないために、正しい判断が導き出せない。

自分のこだわりから、頑固に意見を変えられないのも自閉症者の特徴ではありますが、自分に自信がないため、相手に力説されると、自分の意見がもてずにふらふらその通りにしてしまうのも、特徴

ベンボー提督亭 : イラストで学ぶ「発達障害者の謝れない」
ベンボー提督亭 : 謝りすぎる

叱責した相手も悪い!となると、相手が100%悪い!だから自分は悪くない にしちゃいたいが見られた。この辺は、よく言う自閉症者の「0か 100か」ですね。

でも自分をなぐさめるために叱った相手の悪口を言ったり、これは誰でもやることだからと、自分が悪くない理由を探したり…。でもそれは、最終的には自分をなぐさめるための行為。自分がおかしたミスとは別物。相手が悪い→相手が100%悪い→だから自分は悪くないにしたいところですが、それと自分がしたこととは別!

人から誤りを責められた時に、相手の誤りを一生懸命語って相手を貶めようとする行動が多い人はこのパターン。
とうぜんネットで同じことやったらよく炎上しますし何回炎上しても行動を改めることはないです。

自閉症者はウソが苦手で、まっすぐ!正直!不器用で損な生き方をしている…!というのは、どうかなあ?
ウソというか自分に都合よいように事実を曲げてしまう当事者も…。というか、本人にとっては事実だったりしてますね。脳内で、自分に都合よいように話しが転換されてしまい、本人にとってはそれが真実だと認識してしまう。

自分目線 になりやすい障害ですので、どうしたって傍から見ると自己中ですし、常識に欠けるところが大いにあるために、周囲からどうしても「ちょっと?」と、思われやすい…

「相手が悪い」→「それなら自分は悪くない」と思うタイプですので、他人がそれにがうなづき、共感してしまうと自分のミスは、なかったことになり、先輩が悪 で、自分をいじめているという妄想だけが、自分の中で真実になってしまう。これをやってしまうとね。A子さんタイプの当事者の方は、本当に、自分のやってることについて改められないまんま。自分のしたことは正義なんだと思いこんだまんま…。

自閉症当事者だって、自己保身のウソもつくし、自分に都合よいよう話しを作り変えてしまうこともするし、「そうですね」「それはひどいですね」と、共感されれば「そうかも。あっちが全面的に悪いのかも」と、どんどん記憶をつくりかえてしまう。

気持ちの切り替えが超苦手!!
「社会性(全体と自分の立場の把握)の障害」 「コミュニケーションの障害」「イマジネーション(想像力)の障害」この 三つ組みの障害

井の中の蛙が、大海を知ったらどうなるのか?その広さは、とてつもなく怖い…ですよ…。たとえば、うちの子なんかは行動を咎められたときにパニックを起こしたりしますが、みんなが普通にわかる常識を自分だけがわからない。
その、相手の行動に見える世界の広さにパニックを起こすんじゃないかな…

発達障害の子は、『ちゃんとする』という言葉の意味がわからない」。わかってるような顔してわかってません

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51632450.html

普通の人なら経験して身につけていけることというけれど、彼は他の人と同じではその「経験」が得られないんですよ。

自分自身の できる できない が、自分でわからない。「このぐらい、自分だってできる!」と、思っちゃう。

今までできなかった仕事が、ある程度すすむようになると、すぐに「これは自分の力なんじゃないか?」という過信が出てくる。

「忘れっぽいのなら、メモをとりなさい」とは言われますが、そういう場合のメモはとれないんですよ…。なぜでしょう?
メモが間に合わないほどの速さで、メモをとることすら忘れるんです!

会社がこうしてあれこれ支援を考えてくれている。彼が動きやすいようにと、好意で考えてくれてるのですが、彼にとっては、自分をできない人間だと位置づけられた…と受け取りました。これまでも肯定感のもてなかった彼は、どんどん卑屈になっていってるようです。せっかくの支援の手をはねのける。

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51652881.html

くるくると発想が豊かでアイディア豊富そうな子なので、頭の回転もいいんでしょう

多くの発達障害者は、「なぜ自分が人と同じにできないのか?」「なぜそこまで届かないのか?」「どうした支援を受ければ、自分が生かせるのか」すら皆目見当もつかないまま、日々生活しています。その中で生じるジレンマ!

発達障害関係者側 としては、そこを 「理解してください」 「こういう特性の子たちなんです」 と、訴えたいところですが、理解を訴えられる方としては、「迷惑こうむってるのにどうしてそこまで理解してやらなきゃならないの?」と考えます。簡単に「障害があるならどうして支援級へ入れないの?」とも、言います。「人に迷惑かけない障害なら、理解もするけど、発達障害は、社会性にうとい障害で、実際に大きく迷惑をこうむっています。どうしてそこまでこちらが我慢しなきゃならないんですか」との声もあります。

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51690624.html

どうしても大人は大人の都合に子どもをあわさせようとします。もちろん、子どもの都合ばかりに大人があわせてばかりいる必要もないんじゃないかと、私は考えます。いちばんいいのは、大人の都合と子どもの都合が合致すること。

普段、定型の人よりこうしたアドレナリン排出が少ないADHD。だから、ストレスがかかって、切羽詰らないと過集中にエンジンがかからない。ところが、ひとたび火がつくと、今まで眠っていたあらゆる箇所にも、余計な飛び火がついて、そのとき関係ないことまで浮かんできて、もう!止まらない!!

大事なときには、他の部分もアクティブになり集中できない。余裕のあるときは、アクティブモードに入れない。その結果あいつは、なまけもの!と、言われる

「友だちとのトラブル」「きょうだいゲンカ」子どもならよくあること。ただ…発達障害の子たちは、その よくあること の 受け流しが下手 ですし、そこからどうすればいいのか?を考えることも、とても苦手。受け流しが下手なこととプラスそのあとの処理をどうしたらいいのかの判断をつけられないため起こってしまったことに対し、いつまでもくよくよする

「障害者だから支援しましょう!」「障害者に優しい職場はみんなに優しい職場」で、すまないのが、現場の声なのです。
「みんなと同じに扱えば能力の差に対して卑屈になり、特別扱いすれば見下されたと思ってまた卑屈になる。どうすればいいんだ」

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51697186.html

口の悪さを注意されても「自分はヤジのつもりはない!このぐらいの言葉で気を乱すそっちが悪いんだ。きちんとプレーしていりゃ、オレだって何も言わない。おまえたちが悪い」。すべて環境・周囲・自分以外の者 が悪い!とする姿です。また、後輩のバスケ部員は、 みんなが迷惑している ことを受けての注意です。それを、T越くんは その子1人の感覚… にしてしまっています。だから 「おまえのせいで、周囲の反応が悪くなった…」と反応してしまう。後輩の子が、T越くんに注意をしたから、周りがT越くんに白い目を向けてるわけではない。先にT越くんの態度の悪さ がある…これがわからないんですね。

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51714094.html

こういったタイプはすぐ意見が違っただけで「相手の嫉妬」「自分は虐められてる」にしてしまう。
物事のなりゆきを見通せなかったり、見越せなかったり、大枠で考えられなかったりするため、相手の個人的感情と、部分的に見てしまう
O か 100 か の二極化の考えに陥りやすいから

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51856817.html

ユータくんは「わざとじゃないのに」と思っています。でも、わざとじゃなくても、間違ってぶつけてしまったのなら、謝らなければなりません。その理屈がわからなかったり、カーッとなってしまうと、その前後関係がなにも考えられなくなってしまう。周囲にとっては、 すぐキレて暴れる子 にしか映りません。

発達障害の子どもたちは、感情が未熟なので褒められてうれしい! 認めてくれたことに嬉しくて胸がしめつけられる…。そんな複雑な感情が、いったいなんなのか?自分で理解できなかったり。
子どもは褒めて育てる!発達障害の子は、褒めよう!なんて、定説がまかりとおっていたりしますが、褒められたことに、素直に喜ばない…怒り出す…というのも、発達障害の子たちにはあり

炎上体質

「ASD者は、人の気持ちがわからない」 ではなく、「相手の立場に立って考えることが難しい」

http://blog.livedoor.jp/ohanami_road/archives/51890324.html

虐待の有無に関わらず、自分の行動がどこまでやれば、大人は叱らないのか?叱るのか?を計るための行動であったりします。
人から嫌われる行動をすることでしか人との距離を測れない…。
注目を集めたい のみの単純な理由だけではなく、誰かを傷つけ自分を傷つけるそうすることでしか、自分の存在を確かめられない。

こういうやりとりに慣れてしまっているので誰かに褒められると、褒められることが今度は耐えられない。褒められたい。認められたいはずなのにそうなる自分に罪悪感があったりする。

発達障害児たちの多くは、不器用で、その「ほめられる行動」というのがとれない場合が多いため叱られてばかりで、よけい肯定感に飢えていたり、正しい行動というのがなんなのかわからず、空回りしやすいです。かまわれたくて、問題行動を引き起こす。暴れる。暴言を吐く…。すると周囲が注目してくれる。そうすることを手っ取り早いコミュニケーションだと、誤学習してしまう(マイナスのストローク)。

つい、大人は、「え?ほめられたいのなら、ほめられる行動とればいいでしょう?」と、簡単に考えてしまうのですが、ほめられる行動というのがどんなことなのか?それが、わからない場合もあります。そのほめられる行動をとるために、わざと問題を起こして周囲の注目を集め、誰かに叱られることで、その場はいったん、それを克服した自分をつくる…。周囲は、「できるようになったね」とほめる。それほしさに、またわざと問題行動を起こす…。という例もあります。それも正しい肯定感の得られ方じゃありませんね

私はネットにおける承認欲求そのものは問題じゃないけど「炎上で注目を集めようとする人は誤学習のサイクルが回っているので注意したい」と言ってますがその話。さんざん問題行動を起こして暴れまわったあとで、○○充宣言とかしてほめられようとするのは完全にこの誤学習が原因と思われます。

問題をかけない子というのはいい子という意味ではなくて本人が何に困っているのか表に発信できないってことですよ。あなたが何に困っているんか、一緒に考えていきましょう。

障害者雇用

ベンボー提督亭 : 工場編 2 (11)・ワークショップ(後編)のつづき
ベンボー提督亭 : 工場編 2 (12)・D澤さんとG井くん

障害者に優しい環境は健常者にも邪魔にならない。ただ単に「これやりなさい」「それはそういうもんなんだ」ではなく、「どうしてそうなるのか?」 を、説明してくれると納得しやすい

ただし、こうした障害者への支援を、会社のシステムから変えてまで行ってくれる企業というのは、稀ですね。現時点では。
実際にその理想を行ってる会社もあります。でも、現実問題、全ての企業がそうできるわけもありません。

ベンボー提督亭 : 工場編 2 (14) D澤さん任期終了?
モデルケースがあるのとないので大違いということ


コミュニケーションがおかしくなる理由

ベンボー提督亭 : A子さんにわかりやすく教える?
ベンボー提督亭 : わかりやすく教えるって?

定型世界は、多少の凸凹はあるにはありますが、大抵はこの「相手がある程度汲み取ってくれる」世界にいると思います。
ところが、A子さんにはそうした汲み取る力がない。…というか、お局先輩は、「相手が通じる」という世界に身を置いてるので、通じないことが不思議でならない。これが、定型者・健常者側から見ると、アスペルガー者は話しが通じない。という世界になるのかな…と。

で、お局先輩が通じると思って一生懸命話しをしているのに、ASD者からすると、「先輩が自分の考えを押付けてきてるだけ」に、感じてしまう。発達障害者側から話しをすれば、「だから、発達障害者の気持ちを考えてよ!」ということになるのだけれど…。

割と、発達障害側の気持ちを、相手は一生懸命考えて受け取ろうとし、話しをしたりすることも多い。…で、相手が汲み取ってくれたことを、

全て自分の力だと思い込んで、「自分の話しは相手に通じてるから、自分には常識力がある」という、勘違いも一部あったりします。そうなると、よく無自覚のASD者が、こうした汲み取ってくれる周囲に囲まれてると、「自分は常識力がある!私はASDではない」という人も、ちらほら見かけます…。その状態で、自分の話しを受けてくれるグループから離れると、話しが通じなかったりして、そんなときに「あそこは話しが通じない!」と、怒る場面も…。

ベンボー提督亭 : アンリちゃん・言葉のキャッチボール(2)

お義理や社交辞令が嫌いなら嫌いでいいんですが、彼らのコミュニケーション障害で困った点は、それを周囲にも強要するところがあり「自分は、お義理で相槌されてもうれしくない。だから自分もしない。しない方が礼儀だ!」と、通してしまうと、社会では人とぶつかってしまう。

障害の特性をお話し、しっかり謝罪とお願いをしておけば理解してくれる…。…と、私は思ってたのですが、
人の心って、特に、小さい子どもを守らなければならない母親の心情って。そんなに簡単なものじゃなかった。
ただ、簡単なものじゃないにしろ、なにもしないでいるよりはいいとは思います。



私は発達障害者ですが、こちらを座右の銘としております。
http://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2014/08/28/002136

私はただ淡々と、だけど着実に日々を過ごして、少しでいいからそれを自分の糧にする。

このブログでも

自閉症発達障害は 生まれつきの脳の機能障害ですから、治すことは今の医学では無理なんですが、障害とつきあって工夫して行くことで、軽減する。現在はこんな方法ぐらいしかない

こう書いており、なんだかちょっとほっとしました。